日本の医療提供体制は、人口構造の変化と医療需要の転換、医療従事者の働き方改革、物価・賃金上昇、地域医療構想の進展、在宅医療の拡大など、かつてない多重の変化に直面しています。特にケアミックス病院は、急性期・回復期・慢性期など複数の医療機能を併せ持つという特性から、診療報酬改定の影響を強く受けやすい構造にあります。診療報酬改定内容は経営戦略そのものに直結する重要要素となります。
2025年11月時点で厚生労働省が公表している「令和8年度診療報酬改定の基本方針(案)」では、医療機能の分化と連携、医療DX、地域包括ケアの推進、在宅医療の充実、医療従事者の負担軽減と処遇改善などが重点領域として示されています。これらは制度として明確に方向性が示されているため、ケアミックス病院はこれらの政策的潮流を踏まえた中長期の経営戦略を早期に策定し、実行計画へ落とし込むことが求められます。
本シリーズでは、令和8年度診療報酬改定の議論状況と公表資料に基づき、ケアミックス病院が取るべき戦略の重点ポイントを5つのテーマに分けて解説します。本シリーズが、実行可能な経営戦略の策定と現場の意思決定にお役立ていただければ幸いです。
第1回テーマ『人材確保・処遇改善と働き方改革の推進』
「現状」
近年の物価上昇と賃金上昇の影響により、病院運営における人件費負担が拡大しています。一方で診療報酬は公定価格であるため、個別病院が自由に価格転嫁できない構造にあり、 人件費上昇がそのまま経営圧迫につながる実態が報告されています。医療機関等を取り巻く状況について」(厚生労働省保険局医療課 令和7年10月29日)では、100床当たりの常勤換算従業者数が増加している点や給与の上昇傾向を示しており、病院団体の要望文書でも「物価・賃金の急激な上昇により医業費用が増大している」と明記されています。
「目指す姿」
病院は、持続可能な処遇改善を実施しつつ、従業員が長期にわたり健康に働ける環境を整備することが求められています。これには賃金改善と同時に業務の適正配置、タスクシフト、多職種連携、メンタルヘルス対策、柔軟な勤務形態の導入などが含まれるべきであると考えられます。「令和8年度診療報酬改定の基本方針(骨子案の概要)」(厚生労働省保険局 令和7年11月25日)でも「医療従事者の負担軽減・働き方改革」が明確に掲げられているため、報酬面のインセンティブ設計と職場構造改革を同時に進めることが望ましいと言えます。
「問題」
賃金や処遇を改善しようとすると、短期的には人件費という固定費が増加し、その原資をどのように確保するかが問われます。病院は診療報酬に任意の上乗せができないため、収益構造の見直しや費用削減、あるいは外部収入源の確保を図らない限り処遇改善が経営を圧迫するリスクがあります。「令和8年度診療報酬改定に係る要望書」(日本病院会 令和7年5月19日)も、入院基本料や処遇改善に関する評価・算定の見直しを求めており、制度的対応が完全ではない点を指摘しています。
「課題」
中長期的に持続可能な処遇改善を実行するため、(1)人件費と全体収支の詳細シミュレーション、(2)非効率業務の削減とタスクシフト、(3)ICT導入による生産性向上、(4)職場環境改善のための組織的取り組みを同時並行で実施する必要があると考えられます。
「対応策」(コンサルによる支援と期待される効果)
1 中長期人件費シミュレーションと投資計画の策定支援
医療経営コンサル会社(または弊社)は、「現状」データに基づくシミュレーションモデルを作成し、賃金ベースアップ案の財務影響を定量化します。期待される効果は、処遇改善案の実行可能性を経営層で合意形成し、無理のない段階的実施を可能にすることです。
2 業務プロセス再設計とタスクシフト導入支援
医療経営コンサル会社(または弊社)は、看護補助者や医師事務作業補助者の配置見直し、業務の標準化、マニュアル整備を行い、医師・看護師の負担軽減に寄与します。期待される効果は、主要職種の時間当たり生産性向上と離職率低下です。
3 ICT導入ロードマップと導入後の運用設計支援
医療経営コンサル会社(または弊社)は、電子カルテ周辺の業務自動化、RPAなど事務処理ツールの導入、勤務管理システムの最適化を支援し、人的負担の軽減に寄与します。期待される効果は、事務作業時間の削減と人員の有効活用です。
本稿で述べた内容は、いずれも制度の方向性と公表データに基づく分析となりますが、実行に移すためには、病院ごとの機能構成、病床利用の状況、診療科別収益構造、地域医療計画との整合性など、個別の前提条件を踏まえた具体化が不可欠となります。診療報酬改定に対する対応は、戦略的に準備した病院とそうでない病院で、数年後に大きな差につながる可能性があります。
貴院の現状評価や戦略構築について専門的支援が必要な場合には、医療経営に精通したコンサルタントを活用することで、より早く確実に実行フェーズへ移行することができます。経営の方向性を整理したい、数値分析を客観的に行いたい、現場と議論しながら実行計画を具現化したいというニーズなどがありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。